01-08.白い帽子
決して高級品ではないが輝くような真白な帽子をかぶってた
その鍔には同じく白い同じ生地でかたどられたリボン様のアクセサリーが縫い付けられている
そのひとの後ろ姿はまるで遠足に心はずませ飛び跳ね通う幼稚園児
青い海に突き出る形で広がる草原に到着したのは強い陽差しが頭の上から降り注ぐ時刻
坊主頭の僕には地肌を突き刺す感がつま先にまで伝わる
そのひとは、鍔を両手で押さえて心地よい緑の風に眉を”へ”の字にして海をみている
遠いここまで来るのにお昼ご飯のことはすっかり忘れていた
「もも、食べる?」
生まれて初めてきいたような気がするあの人の声の先にはピンクのグラデーション豊かな綺麗な桃
その声に応えるかのように緑の絨毯に座ったあの人の白い腕から差し出されたももを、そのひとの指に触れないようにそーっとつかむ
爪が入り込んだ瞬間甘い香りが風に舞う
右手に持ち替えて、桃を頬にこすりつける
「大丈夫よ 洗ってあるから」
思わずとった行動に違和感を覚えたのは頬のほうである
ちくちくと刺すような痛み
ほほを気持ちよく風は吹き抜ける
「あっ! 帽子が!」
丘の方から海の方に吹き抜ける突風にその白い帽子が緑に輝く草原を転がっていく
そのとき、握っていた桃はどうしたのか覚えていない
帽子をひたすら追いかけて半島の先っちょに消えゆく帽子を二人寝っ転がって笑って追いかける
おそるおそるその帽子の消えた緑の陸と青い海の境目に顔を突き出すとその絶壁の途中の僅かばかりの棚に、そこに純白の帽子はあった
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『そして、その帽子はどうしたの?』
取れたんだよ見事に
幾度か風にあおられ所を変えてその竹棒をうごかさねばならなかったが棒の先に鍔を岸に押し当てながら少しずつたぐり寄せていく
2,3メートル向こうに待つその人の手が鍔を握ったのは格闘から小一時間ほどたっていただろうか
緑一面の草原にその白い帽子は淡い陽の光に輝いていたけど、その日はとうとうそのひとの頭にかぶられることはなかった
風が無駄にながれていたからね
帰り道、やはり無言のまま歩く砂利道の砂利がカシャカシャと音をたてるので言葉はいらなかった
楽しかったね・よかったね帽子・桃も美味しかった・風と陽の光気持ちよかった・・・・と聞こえてくる
どこで、どのように別れたのかも覚えていない
きっとだらりと垂れた左手の小指を小刻みに横に振って「さよなら」って伝えたのだとおもう
あのひともきっと右腕を少しだけ曲げて立てた手首の先の薬指が前後に揺れていたように想う
「またね」ってその右手の平は微笑んでた