やさしい手・壱岐(008:裏表)
「ステーキに裏と表はありますか?」と突拍子もなく、親父がパソコンを操作している私に聞いてきた
間違いなく”ステーキ”って言った、それも真顔で丁寧な言葉使いでである
コインや衣服それに人の心に裏・表はよくあること
がしかし、出された食べ物や飲み物を「こちらは裏側から食べると美味しく召し上がられますよ」な~んて聞いたことがない
それに、息子に物を尋ねるに「~ありますか?」っていう標準語的な他人行儀な聞き方は、我が家ではこれまでに聞いたことがない
認知症には脳の機能損失による中核症状(例えば記憶障害、見当識障害、遂行能力障害それに失語・失行・失認)以外に
周辺症状(行動・心理症状:BPSD)といって、その人の性格などが相互に影響し二次的に生じるとされる症状が現れることがあると言う
俗にいう徘徊や不眠、過食、興奮・攻撃、イライラ、不安・焦燥それに無関心などの症状がある
これら周辺症状は、周囲から見ると問題行動とみなされる症状ではあるが、本人からすれば「なんとかしなきゃ!」と模索した結果の症状である
そのため、本人の症状を理解し、適切にケアされれば行動・心理症状が軽減・消失する可能性はある
認知症と診断されて4年目の親父にはこれと言った周辺症状は見られなかったが「ステーキの裏表」問題を契機に、これから出現するであろう
周辺症状が頭を過ぎるのである
いつの頃からか、親父は川柳をやっている
地方新聞だが投稿した俳句が文芸欄に掲載されたのをキッカケに、今では、毎日のように、日記代わりに思うところを書き綴っている
B5版に切った広告や雑誌の表面を貼り合わせて作った台紙が厚さ7cm位の冊子となり、今や10冊になろうかとしている
殆どは、昔の写真や書いた水彩画を貼り付けその下に幾つかの川柳を書き綴ってある
何が日記変わりかというと、全ての頁の最上段に年月日が書いてあるからだ
不思議なのはその日付、未来の年月日が振ってある
未来の年月日の下に写真が貼り付けられ、その下に川柳が何行も書かれている
更に面白いのは、書かれた川柳のお題と写真や絵との関連性は全くない
「庭に咲く、向日葵が今朝、壇の花」の上にはチューリップのクローズアップ写真だったりする
これら川柳冊子は、親父が逝った後には、人目に触れる形にしたいと思っている
ッか!
「ステーキに裏と表はありますか?」、5・7・5
これかー! つれづれに思いを読んだのだ
そういえば、何日か前に「今日はステーキにしようや、肉買ってきてーな」って言ってたっけ
昨日は「天ぷら揚げようと思うけど、小麦粉少ないから買っといてーな」とも
今日の食事当番は親父だ
作りたいものあっても材料もなく、美味しく作れる自信もない
不安だらけの心境を私に5・7・5で語ったのね?!
ちなみに、後でネットで調べてみた
ステーキにも裏と表があった!!
作り手が裏表を見極め上で焼き方を加減して、表を上にしてお出しすると言う